産後2ヶ月半。新しい命を腕に抱く喜びは、何物にも代えがたい。でも、同時に襲いかかるのは、得体の知れない疲労感と、なぜか料理だけが手につかない焦り。キッチンに立つたび、シンクに山と積まれた洗い物、冷蔵庫でしおれていく野菜たち、そして夫の「今日も冷凍食品？」という言葉が、まるで刃物のように心をえぐりませんか？「こんなはずじゃなかったのに…」そう呟くたび、胸を締め付けるのは、できない自分へのやるせなさと、パートナーへの罪悪感。「いつになったら、あの頃のようにテキパキと料理ができるようになるんだろう？」そんな問いが、夜な夜な眠れない頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「今日も夕飯、何にしよう…」午前中、ようやく赤ちゃんが昼寝に入り、ホッと一息つくのも束の間、すぐに夕飯のことが頭をよぎる。冷蔵庫を開ければ、週末に「よし、今週こそちゃんと作ろう！」と意気込んで買ったはずの鶏肉や野菜が、見るも無残な姿に。もう何度、この光景を繰り返しただろう。最初は「疲れているから仕方ない」と自分に言い聞かせていた。でも、一品作るのが精一杯の日々が続き、夫のお弁当は連日、冷凍食品のオンパレード。夫は「大丈夫だよ」と言ってくれるけれど、その優しい言葉が、かえって私の心を深くえぐる。「本当はもっと美味しいものが食べたいはずなのに…」「私がしっかりしないから、夫にこんな寂しい思いをさせているんだ」。
ある日の夕食時、夫がいつものように「これ美味しいね」と言いながら、少し寂しそうな目で食卓を見ていた気がした。「あぁ、もうダメかもしれない…」。温かいはずの食卓が、私には冷たい氷の塊のように感じられた。「なぜ私だけがこんなに料理ができないんだろう？」「他のママたちはもっとちゃんとやっているのに」。頭の中では「ちゃんとしなきゃ」という声が響き渡るのに、体は鉛のように重く、キッチンに立つ気力すら湧かない。自己嫌悪の沼に深く沈んでいくような感覚。このままでは、育児の喜びまで霞んでしまうのではないかという、漠然とした不安が常に付きまとっていた。
この「やる気が出ない」状態は、決してあなたが怠けているわけではありません。産後の女性の体は、想像以上に大きなダメージを受けています。出産という大仕事を終え、ホルモンバランスは激変。睡眠不足は慢性化し、昼夜を問わず続く授乳や抱っこで体は常に疲弊しています。さらに、慣れない育児への精神的負担、社会との隔絶感、そして「母親として完璧でなければ」というプレッシャー。これらが複雑に絡み合い、料理への意欲を奪っているのです。脳科学的にも、新しい環境への適応には膨大なエネルギーが必要であり、特に産後の脳は「生命維持」と「育児」に全力を注いでいます。料理のような創造的で手間のかかる作業は、後回しにされて当然なのです。
では、この苦しい状況から抜け出すためにはどうすれば良いのでしょうか？最も大切なのは、まず「自分を責めるのをやめること」です。
- 「完璧」の呪縛から解放される: 産後のあなたは「完璧な母親」ではなく、「回復中の戦士」です。冷凍食品、お惣菜、ミールキット、宅配サービス…これらは「手抜き」ではなく「賢い選択」です。むしろ、これらを活用して心身を休めることこそが、赤ちゃんにとってもあなたにとっても最善なのです。
- 夫と「共有」する: 料理ができないことを一人で抱え込まず、素直に夫に伝えましょう。「今は料理をするのが本当に辛い。手伝ってほしい」と具体的に頼むことで、夫もどのようにサポートすれば良いか理解できます。一緒にメニューを考えたり、買い物に行ったり、簡単な盛り付けをお願いしたりするだけでも、心の負担は大きく変わります。
- 「作らない」選択肢を増やす: 「作らない日」を設けても良いのです。週に数回は外食やテイクアウト、デリバリーを積極的に利用しましょう。これは「贅沢」ではなく、あなたの心と体のための「投資」です。
- 超・シンプル料理の導入: もし少しでも作る気力があるなら、包丁を使わない、火を使わない、洗い物が少ない「超シンプル料理」から始めましょう。例えば、電子レンジで温めるだけ、混ぜるだけ、切って乗せるだけ、といったレシピです。栄養バランスは、一品完璧でなくても、数日単位で考えれば十分です。
- 「いつか」を信じる: この「やる気が出ない」時期は、永遠には続きません。赤ちゃんの成長とともに、あなたの体も心も少しずつ回復していきます。今は、目の前の小さな命との時間を慈しみ、ご自身の心身を労わる時期だと割り切りましょう。「いつかまた、楽しく料理ができる日が来る」と、希望を持ってください。
産後の料理へのやる気が出ないのは、あなたが弱いからではありません。新しい命を育むという、人生最大のミッションを遂行中の、まさに「勲章」のようなものです。罪悪感は手放し、自分自身を深く愛し、労わること。そして、周囲の助けを借りることをためらわないでください。この時期を乗り越えたあなたは、きっと以前よりも強く、しなやかな心を手に入れているはずです。