「今日もまた、夫のお弁当箱は空のまま…」
生後2ヶ月の娘が隣で静かに寝息を立てている。時計の針は午前5時半。出産前ならとっくに起きて、夫の好きな卵焼きを焼いていた時間だ。でも、今は体中の鉛が溶けない。夜中の授乳で細切れになった睡眠は、もう何日続いているだろう。起き上がろうとするたび、全身が軋む。
夫は会社のお弁当が美味しくないと言って、私が作らないとカップ麺ばかり食べている。そのことを知るたびに、胸が締め付けられる。「私がもっと頑張れば…」「でも、もう無理…」そんな言葉が頭の中でぐるぐる回る。出産前は、毎日完璧にこなしていた家事も、今は何一つ思い通りにならない。鏡に映る自分の顔は、目の下のクマが深く、覇気がない。このままでは、夫の健康を害してしまう。そう思うと、罪悪感で押しつぶされそうになる。
「なぜ私だけがこんなに苦しいんだろう…」
友人たちは「産後だから仕方ないよ」と言ってくれるけれど、夫の「またカップ麺か…」という寂しそうな視線を感じるたびに、自分はダメな妻だと責めてしまう。無理をして早起きしようと試みたこともある。フラフラになりながらキッチンに立ち、焦げ付かせた卵焼きを見て、涙が止まらなくなった。「もうダメかもしれない…こんなに簡単なことすらできないなんて…」
そんな日々が続き、心身ともに限界を迎えた時、私は一つの答えに辿り着いた。それは、「完璧な妻」という幻想を手放すことだった。夫の健康も大切。でも、それ以上に、私自身の心と体の健康が、この小さな娘を育てる上で何よりも重要だったのだ。
「いつからお弁当作りを再開する?」その問い自体が、私を縛り付けていた。大切なのは、「いつ」ではなく、「どうすれば無理なく、夫婦が笑顔でいられるか」だった。私は勇気を出して、夫に正直な気持ちを伝えた。
「ごめんね、今はどうしてもお弁当が作れない。あなたの健康も心配だけど、私ももう限界なの…」
夫は驚いた顔をしたが、私の涙を見て、そっと抱きしめてくれた。「無理しなくていい。俺が何とかするから」その言葉に、私はどれだけ救われただろう。
それから私たちは、お弁当作り以外の選択肢を探し始めた。会社の福利厚生で利用できる宅配弁当サービス、休日に夫婦で作る冷凍ストック、あるいは夫自身が会社近くの定食屋を利用する…。話し合うことで、二人の間に新しい協力体制が生まれた。夫も簡単な朝食作りを手伝ってくれるようになり、私は少しずつ睡眠時間を確保できるようになった。
産後の体は、フルマラソンを走り終えた直後の状態。すぐに次のレースに出ろと言われても無理なように、休養と回復が何よりも大切だということを、私は身をもって知った。お弁当は愛の証じゃない。あなたの笑顔こそが、最高の栄養だ。この気づきが、私を自己嫌悪の呪縛から解放してくれた。
もし今、あなたが私と同じように、産後のお弁当問題で悩んでいるなら、どうか自分を責めないでほしい。あなたは一人じゃない。そして、完璧な妻であることよりも、幸せなママでいることの方が、ずっと大切だ。夫婦の絆は、互いに支え合う二本の柱。どちらか一方にばかり重荷をかけ続ければ、やがて全体が傾いてしまう。今こそ、新しい家族の形を、夫婦で一緒に築き直すチャンスなのだ。
この経験を通して、私は「無理はしない」という新しいルールを自分に課した。そして、夫も私も、以前よりもずっと穏やかで、笑顔の多い毎日を送れるようになった。お弁当箱が空でも、私たちの心は満たされている。
