産後の日々は、喜びと同時に、想像を絶する疲労と変化の連続です。特に、多くの新米ママがひそかに抱える悩みが「食欲不振」。赤ちゃんのために体力が必要なのに、なぜかご飯が喉を通らない。気づけば一日ビスケット一枚で過ごし、「こんなんでいいのかな…」「私だけがおかしいのかな…」と、罪悪感と焦燥感に苛まれているあなたへ。それは決して、あなたの甘えではありません。
私もそうでした。出産直後、「さあ、たくさん食べて回復しなきゃ」と意気込んだものの、病院食さえも重く感じ、自宅に戻れば、赤ちゃんのお世話に追われ、自分の食事は二の次。朝昼晩の区別も曖昧になり、台所に立つ気力すら湧きません。冷蔵庫には週末に買い込んだ食材が残っているのに、眺めるだけでため息が出ます。「ああ、また腐らせてしまう…」。そんな日々が続き、ある日、鏡に映る自分の顔のやつれ具合に愕然としました。「こんなに頑張ってるのに、なんでご飯も食べられないんだろう。このままだと、私、壊れてしまうんじゃないか…」と、心の底から絶望がこみ上げてきたのを覚えています。
友人からは「とりあえず何か食べなきゃダメだよ」「元気出すために好きなものを」と言われるけれど、その「何か」が喉を通らないのです。無理に詰め込もうとすれば、吐き気がしてくる。栄養ドリンクを飲んでも、一時しのぎにしかなりません。ビスケット一枚でしのぐ夜は、「これで本当に赤ちゃんを育てられるのだろうか」という不安に押し潰されそうでした。赤ちゃんがすやすや眠っている隣で、自分だけが空腹と疲労と自己嫌悪の三重苦に苦しむ。まさに、出口の見えないトンネルの中にいるようでした。
この「食べられない」という現象は、実は産後のママに特有の複雑な要因が絡み合って起こります。出産によって急激に変化するホルモンバランス、慣れない育児による睡眠不足と身体的疲労、そして「完璧な母親でいなければ」という精神的プレッシャー。これらが複合的に作用し、消化器系の働きを鈍らせ、食欲中枢に影響を及ぼすのです。ビスケット一枚で済ませてしまうのは、決してあなたが怠けているわけでも、食いしん坊ではないからでもありません。体がSOSを発しているサインなのです。
では、どうすればこの苦しい状況から抜け出せるのでしょうか？大切なのは、「完璧な食事」を目指すのを一度手放すこと。そして、「食べられるものを、食べられる時に、少しずつ」という新しいルールを自分に課すことです。
まず、「量より質、そして手軽さ」を最優先に考えましょう。
- 一口でも食べやすいものを常備する: ゼリー飲料、飲むヨーグルト、スムージー、栄養補助食品、温かいスープや味噌汁など、喉ごしの良いものや準備不要なものを手の届くところに。
- 栄養価の高い「お助け食材」を活用: 納豆、卵、豆腐、ツナ缶、冷凍野菜、カットフルーツなど、調理の手間が少ないのに栄養が摂れる食材をストック。
- 「ながら食べ」でOK: 赤ちゃんのお世話の合間や、抱っこしながらでも片手で食べられるおにぎり、サンドイッチ、プロテインバーなどを活用。
- 食事の「回数」を増やす: 一度にたくさん食べられなくても、少量ずつを一日5～6回に分けて摂ることで、無理なく栄養を補給できます。
- 家族や外部サービスを頼る: パートナーや実家、友人、地域のヘルパーに簡単な食事の準備をお願いする。宅配食サービスやミールキットも積極的に利用しましょう。「私は頑張っているから、助けを求めてもいいんだ」と自分を許してあげてください。
産後の体は、マラソンを走り終えたばかりのアスリートのようなもの。リカバリーには、ただ休むだけでなく、適切な栄養とケアが不可欠です。ビスケット一枚でしのぐ日々は、充電切れ寸前のスマホに一時しのぎのモバイルバッテリーをつなぐようなもの。根本的な充電（栄養）なしでは、すぐに動けなくなってしまいます。
あなたの心と体が発する声に耳を傾けてください。無理は禁物です。「こんな自分はダメだ」と自己嫌悪に陥る必要はありません。今は、自分を労り、優しく接する時期なのです。少しずつでも、食べられるものを見つけ、体を回復させていくことで、きっと心にも余裕が生まれてきます。そして、もし一人で抱えきれないと感じたら、迷わず助産師さんや医師、地域の保健センターに相談してください。あなたは一人ではありません。