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「ごめんね」と心で謝る食卓はもう終わり。共働きの夕飯、惣菜の罪悪感から抜け出した私の物語

「ただいま」の声もかき消されそうなほどの疲労感。パソコンと睨めっこし続けた目は霞み、重たい体を引きずるようにスーパーに駆け込む。色とりどりの惣菜が並ぶデリコーナーの光が、なぜかその日の私には、自分の不甲斐なさを照らし出すスポットライトのように見えました。

カゴに入れたのは、唐揚げ、ポテトサラダ、そして割引シールの貼られた焼き魚。レジで会計を済ませながら、頭の中では言い訳が渦巻いていました。

『今日も時間がなかったから』

『たまには、いいよね』

でも、その言い訳は、家に帰って惣菜のパックを開ける音で、虚しく砕け散るのです。

あの日、息子の言葉が突き刺さった夜

忘れもしない、ある火曜日の夜のことです。その日も重要なプレゼン資料の作成に追われ、会社を出たのは夜7時過ぎ。保育園のお迎えも最後から二番目でした。

急いで買ってきたハンバーグの惣菜を温め直し、千切りキャベツを添えて食卓に並べたとき、5歳の息子がポツリと言ったのです。

「ねぇ、ママ。今日のごはん、袋の味がする」

悪気のない、純粋な一言。でも、その言葉は鋭いナイフのように私の胸に突き刺さりました。全身の血の気が引いていくのが分かりました。顔が、笑えているのか、ひきつっているのか、自分でも分からない。ただ、「そっか、ごめんね」と絞り出すのが精一杯でした。

私だけが、ダメな母親なの…?

その夜、息子が寝た後、一人でキッチンに立ち、シンクに残った惣菜のプラスチック容器を洗いながら、涙が止まりませんでした。

(どうして私だけ、ちゃんとできないんだろう…)

スマートフォンの画面には、SNSで繋がっている友人たちの手料理の写真が並びます。彩り豊かな食卓、子供たちの「おいしい!」という笑顔。それに比べて、私の食卓はなんと味気なく、愛情のないものに見えたことか。

(もうダメかもしれない…。私、母親失格なのかな…)

仕事でクタクタになるまで頑張って、家族のために働いているはずなのに、一番大切なはずの家族の食卓で、こんなにも惨めな気持ちになるなんて。この罪悪感という名の沼に、足を取られて沈んでいくような、息苦しい感覚。あなたも今、同じような苦しさを感じていませんか?

もしそうなら、どうかこの記事を読み進めてください。これは、かつての私と同じように、惣菜を並べる食卓で自分を責めているあなたへ贈る、罪悪感からの「卒業証書」です。

その罪悪感、あなたのせいじゃない。見えない「呪い」の正体

長い間、私は惣菜に頼る自分を「手抜きをするダメな母親」だと責め続けていました。しかし、ある時気づいたのです。この罪悪感は、私個人が生み出したものではなく、もっと根深い、社会が生み出した「見えない呪い」だったのだと。

「母親の手料理=愛情」という幻想

私たちは、いつの間にか「母親が作る温かい手料理こそが、家族への愛情の証である」という価値観を刷り込まれてきました。テレビドラマで見る食卓、雑誌の特集、そして自分自身の母親がそうであった記憶。それらが強固な「理想の母親像」を作り上げ、私たちを縛り付けているのです。

でも、時代は変わりました。共働きが当たり前になり、女性も男性と同じように社会で責任を負う時代です。それなのに、家庭での役割、特に「食事」に関する価値観だけが、まるで昭和の時代からアップデートされていない。このギャップこそが、私たちの罪悪感の正体なのです。

完璧主義という名の病

「仕事も完璧に、育児も完璧に、家事も完璧に」

真面目で、頑張り屋な人ほど、この完璧主義の罠に陥りがちです。惣菜を選ぶという行為は、この完璧なシナリオからの「逸脱」。だからこそ、私たちは自分を許せず、罪悪感を覚えてしまうのです。でも、考えてみてください。その完璧なシナリオは、本当にあなた自身が望んだものでしょうか?誰かの期待に応えるためのものではないでしょうか?

あなただけじゃない、という事実

この罪悪感は、決してあなた一人が抱えているものではありません。多くの共働きの母親たちが、同じようにキッチンで、食卓で、人知れず胸を痛めています。「私だけが…」という孤独感が、さらに罪悪感を増幅させてしまうのです。まずは、「これは私だけの問題ではない」と知ることが、呪いを解くための第一歩になります。

床を拭き続ける?それとも蛇口を直す?あなたが本当に向き合うべき問題

この罪悪感の問題を、私はよく「壊れた蛇口と水漏れ」に例えます。

罪悪感に苛まれながら、「惣菜にひと手間加えて手作りっぽく見せよう」「もっと効率的な時短レシピを探そう」と考えるのは、まるで『蛇口から水が漏れ続けているのに、必死で床をモップがけしている』ようなもの。

確かに、高性能なモップ(時短術)を使えば、一時的に床は綺麗になるかもしれません。でも、蛇口が壊れている限り、水は永遠に漏れ続け、あなたはモップがけをやめることができません。いつか、疲れ果てて動けなくなってしまうでしょう。

本当にすべきことは何でしょうか?

そう、『壊れた蛇口(=手作りこそ愛情という古い価値観)そのものを修理する』ことです。

根本原因である蛇口を直してしまえば、水漏れは止まります。そうなれば、床を拭くかどうかは、あなたの自由です。惣菜を使うかどうかは、その日の天気や気分で「窓を開けるか閉めるか」を選ぶような、ごく自然で、些細な選択肢の一つになるのです。

罪悪感を「自信」に変える3つのステップ

では、具体的にどうすれば「壊れた蛇口」を修理できるのでしょうか。私が実際に試して、効果があった3つのステップをご紹介します。これは、惣菜への罪悪感を、家族を思う自分への「自信」に変えるための具体的な処方箋です。

Step 1: 思考の転換 – 「手抜き」を「手間抜き」に言い換える魔法

まず、言葉の力を使いましょう。今日から「手抜き」という言葉を使うのをやめて、代わりに「手間抜き」と言い換えてみてください。

  • 惣菜はプロの力を借りる「外注」
  • あなたが仕事で専門家に業務を依頼するように、食事作りもプロ(スーパーの調理担当者さん)に外注しているだけ。あなたは家族のために、美味しくて安全な食事を「調達する」という重要な役割を果たしているのです。
  • 「#だけメシ」で自分を褒める
  • 全てを完璧に作ろうとしないこと。例えば、「ご飯を炊いただけ」「お味噌汁だけ作った」「サラダだけ盛り付けた」で十分です。たった一つでも自分でやったことを認め、心の中で「私えらい!」と褒めてあげましょう。この小さな自己肯定が、心を軽くします。
  • 愛情は抜いていない
  • あなたが抜いているのは「手間」であって、「愛情」ではありません。家族の健康を考え、好みそうな惣菜を選び、食卓に並べる。その行為そのものが、紛れもない愛情表現なのです。

Step 2: 行動の転換 – 家族を「最強のチーム」に変える作戦会議

一人で罪悪感を抱え込むのはもうやめましょう。家族を巻き込み、食事作りを「母親一人のタスク」から「家族全員のプロジェクト」へと変えるのです。

  • 「惣菜の日」をカレンダーに書き込む
  • 「今日は疲れちゃったから惣菜でごめんね」ではなく、「今日はみんなで選ぶ惣菜の日だよ!」と堂々と宣言しましょう。週に1日か2日、公式な「惣菜の日」を設けることで、罪悪感は消え、イベントのような楽しみに変わります。
  • 子供を「惣菜選び隊長」に任命する
  • スーパーで「今日のメインはどれがいい?」と子供に選ばせてみましょう。自分で選んだものが食卓に並ぶのは、子供にとっても嬉しい体験です。食育にも繋がり、何より「お母さんを助けてあげた」という自信が芽生えます。
  • パートナーと本音で話す
  • 「本当はしんどい」「罪悪感を感じている」というあなたの素直な気持ちを、勇気を出してパートナーに伝えてみてください。あなたが一人で抱え込んでいる苦しさを共有することで、相手の理解を得られ、具体的な協力体制を築くきっかけになります。

Step 3: 価値観の転換 – 食卓に並べるのは料理じゃない、あなたの「笑顔」です

これが最も重要で、根本的な解決策です。愛情の表現方法は、食事作りだけではありません。

  • 食事以外の愛情表現を意識する
  • 食事の準備に費やしていた時間とエネルギーを、別の愛情表現に注いでみましょう。食後に一緒にボードゲームをする、絵本を読む時間を5分長くする、今日の出来事をゆっくり聞いてあげる。子供が本当に求めているのは、完璧な手料理よりも、心に余裕のあるお母さんの笑顔と温かい時間なのです。
  • 「完璧な食事」より「楽しい食卓」
  • 品数が少なくたって、惣菜が並んでいたっていい。家族みんなが笑顔で「おいしいね」と言い合える時間こそが、最高の食卓です。ピリピリしながら作った豪華な手料理より、リラックスした雰囲気で食べるお惣菜の方が、きっと子供の心には温かい記憶として残ります。
  • 自分に「頑張らない許可」を出す
  • あなたはもう、十分に頑張っています。仕事も、育児も、家事も。だからこそ、自分に「頑張らなくてもいいよ」「完璧じゃなくていいよ」と許可を出してあげてください。母親である前に、一人の人間です。疲れたら休むのは、当然の権利なのです。

徹底比較!「頑張る手作り」vs「賢い惣菜活用」

ここで一度、それぞれの食卓がもたらすものを客観的に比較してみましょう。これは優劣をつけるものではなく、あなたに合った選択肢を見つけるためのテーブルです。

項目頑張る手作りの食卓賢い惣菜活用の食卓
母親の心の状態疲労、焦り、プレッシャー、罪悪感(できなかった場合)心のゆとり、リラックス、笑顔、自己肯定感
子供と過ごす時間準備と片付けに追われ、会話が少なくなりがち食後の団らん時間が増え、コミュニケーションが豊かに
食事の雰囲気「早く食べて!」と急かすなど、空気がピリピリすることも穏やかで楽しい雰囲気。食事そのものを楽しめる
得られるもの手作りしたという達成感家族との時間、心の平穏、明日のエネルギー
失うもの心の余裕、子供と向き合う時間、体力「手作りすべき」という古い価値観、不必要な罪悪感

この表を見れば明らかです。あなたが本当に守りたいものは、どちらの食卓にあるでしょうか。

よくある質問(あなたの心を軽くするお守り)

ここまで読んでも、まだ心のどこかに小さなトゲが残っているかもしれません。そんなあなたのための、お守りのようなQ&Aです。

Q1. 子供に「お母さんのご飯が食べたい」と言われたらどうしよう?

もしそう言われたら、チャンスです!「そっか、ママのご飯食べたかったんだね。教えてくれてありがとう!じゃあ、今度のお休みは一緒にハンバーグ作ろうか!」と提案してみましょう。子供の気持ちを受け止めた上で、特別なイベントとして手作りを提案することで、子供の満足度も高まります。「毎日」ではなく「特別な日」に作る料理は、あなたにとっても、子供にとっても、かけがえのない思い出になるはずです。

Q2. やっぱり栄養バランスが心配です…

その気持ち、とてもよく分かります。しかし、最近のスーパーの惣菜は栄養バランスが考えられているものも多く、むしろ自分で作るよりも多品目の野菜が摂れることもあります。惣菜を選ぶ際に、「野菜が多いものを選ぶ」「揚げ物だけでなく煮物も加える」といったルールを決めるだけで大丈夫。そして、完璧な栄養バランスの食事を一日三食365日続けるのは、プロの栄養士でも至難の業です。「一週間単位でバランスが取れていればOK」くらいに、大らかに構えましょう。

Q3. 夫や同居の親から「また惣菜?」と言われるのが怖いです。

これは勇気がいる問題ですが、やはり対話が不可欠です。Step2で紹介したように、あなたの現状や気持ちを正直に伝えましょう。その上で、「もし手料理が食べたい日があれば、あなたが作ってみてくれると嬉しいな」と提案してみるのも一つの手です。食事の準備がいかに大変なタスクであるかを理解してもらう良い機会かもしれません。あなた一人が、家族全員の食生活の責任を背負う必要は、どこにもないのです。

明日のあなたが、笑顔で「いただきます」を言うために

かつて、惣菜が並ぶ食卓で、息子の顔をまともに見られなかった私。心の中で「ごめんね」と繰り返しながら、自分が作ったわけでもない料理の味を、美味しいと感じることさえできませんでした。

しかし今、私は胸を張って惣菜を食卓に並べます。

「今日は唐揚げだよ!やったね!」「このポテサラ、美味しいお店のだからママも好きなんだ」

そう言って笑う私を見て、息子も笑顔で「おいしい!」と頬張ります。食卓に並んでいるものは、あの日と同じ惣菜かもしれません。でも、そこにある空気は、まったく違います。

罪悪感という重い鎧を脱ぎ捨てた今、心から思います。

食卓に本当に必要なのは、完璧な手料理じゃない。お母さんの、あなたの、心からの笑顔なのだと。

惣菜は、手抜きでも、愛情不足の証でもありません。それは、多様な役割を担いながら現代を必死で生きるあなたが、自分と家族を大切にするために選んだ、賢くて愛情深い「選択肢」の一つです。

あなたはもう、十分に頑張っています。だから、自分を許してあげてください。

明日の夕食は、ぜひ、あなた自身が「一番食べたい」と思うお惣菜を選んでみてください。そして、心からの笑顔で、家族と「いただきます」を言ってください。その一口は、きっと、今までのどんな手料理よりも温かく、優しい味がするはずです。