「また、冷蔵庫の野菜がしなびている…」
仕事から帰宅し、疲れた体で開けた冷蔵庫の中は、週末に「今週こそは!」と意気込んで買い込んだはずの新鮮な食材が、無残にもしおれ、時には異臭を放っている。妻はソファで赤ちゃんを抱いて眠っているか、授乳中で全く手が離せない。食卓に並ぶのは、コンビニ弁当か、私がなんとか作ったインスタント麺。これが、妻が出産して帰宅してからの日常だった。
「なんで俺ばかりこんなに大変なんだ? 妻は一日中家にいるのに、ご飯の一つも作れないのか?」
心の中では、黒い感情が渦巻く。もちろん、妻が命がけで赤ちゃんを産んだことは分かっている。その体がいまだ回復途上であることも。でも、連日続く睡眠不足と、会社でのプレッシャー。そして、家に帰れば「ご飯まだ?」と聞くことすらためらわれるピリピリした空気。一度、「何か手伝おうか?」と声をかければ、「手伝うって何? 私一人でやってるわけじゃないでしょう!」と、まるで地雷を踏んだかのような剣幕で怒鳴られたこともある。あの時の妻の顔は、まるで別人のようだった。
「もうダメかもしれない…このままでは夫婦仲まで壊れてしまう」
夜中に一人、冷たいリビングでスマホを握りしめ、産後の妻のイライラについて検索する日々。「ホルモンのせい」「産後うつ」「マタニティブルー」…頭では理解しようとするけれど、感情が追いつかない。なぜ、こんなにも私が我慢しなければならないのか。なぜ、私だけが一方的に攻撃されるような思いをしなければならないのか。
かつては、仕事で疲れて帰ってきても、温かい手料理と笑顔で迎えてくれた妻。それが、今やただそこにいるだけで、私の心は針のむしろに座らされているようだった。「一体いつまでこの状況が続くんだろう…」「俺の労力は、誰にも評価されないのか…」そんな絶望感と孤独感が、私の胸を締め付けた。
そんなある日、会社の先輩に産後の悩みを打ち明けた。「うちもそうだったよ。あれは本当に試練だ。男は『なんで?』って思うけど、女はそれどころじゃないんだよ」。先輩の言葉は、私の凝り固まった心を少しだけ溶かしてくれた。そして、「外部サービスを頼るのも、立派な愛情表現だ」と教えてくれたのだ。
産後の妻がご飯を作れないのは、決して怠けているわけではない。出産という大仕事で体はボロボロになり、ホルモンバランスはジェットコースターのように乱高下する。慣れない育児で睡眠時間は削られ、常に赤ちゃん中心の生活。そんな中で「家族の食事」という重圧は、想像を絶するものなのだ。物理的に体が動かないだけでなく、精神的な余裕も完全に枯渇している状態なのだ。
夫である私たちも、もちろん疲れている。仕事の責任、新しい家族を支えるプレッシャー、そして妻の変貌に戸惑う心。これもまた、紛れもない事実だ。私たちは「パタニティブルー」と呼ばれる、男性版の産後うつに陥る可能性もある。だからこそ、お互いを責め合うのではなく、この「嵐」をどう乗り越えるかを共に考える必要がある。
解決策の一つとして、食事サービスの活用は非常に有効だ。献立を考える手間、買い物に行く時間、調理する労力。これらを全て外部に任せることで、妻は赤ちゃんとの時間や休息に集中できる。夫も「ご飯がどうなるか」という心配から解放され、心にゆとりが生まれる。
しかし、食事サービスはあくまで「手段」であり、夫婦関係の「根本治療」ではない。大切なのは、お互いの状況を理解しようと努め、言葉を尽くして対話することだ。
「疲れているんだね、いつもありがとう」
「何か辛いことがあったら教えてほしい」
「一人で抱え込まず、一緒に考えよう」
そんなシンプルな言葉が、凍りついた心を溶かすきっかけになるかもしれない。そして、家事や育児のタスクを具体的にリストアップし、夫ができることを積極的に見つけること。「これとこれ、俺がやるよ」と具体的に示すことで、妻は「一人じゃない」と感じられるはずだ。
例えば、食事サービスを契約する際に、「君の体と赤ちゃんのために、僕から贈るプレゼントだよ」と伝えてみてはどうだろう。それは単なる食事の提供ではなく、夫の深い愛情と理解の証となる。
産後の期間は、夫婦にとって最大の試練であり、同時に最大の成長の機会でもある。この困難を乗り越えた時、二人の絆はこれまで以上に強く、揺るぎないものになるだろう。イライラや不満は、夫婦がより深く理解し合うための「サイン」なのだ。今こそ、新しい家族の形を二人で作り上げていく時なのだ。
